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大学の広報を再考する 1

投稿日:2018年 05月 27日

 教育学術新聞に寄稿したので、お読みになった方もいるかもしれませんが、

まだの方のために、全文を掲載します。

 

大学の広報を再考する(1

 

大学広報の変化

 私が大学の広報に初めて関わったのは、当時勤務していた学校法人が短期大学を開設した時であったので、1980年代の後半であった。それまでは幼稚園、中学校、高等学校を設置していた学校法人であったので、広報活動といえば各中学校を会場に年1回行われる私立高校説明会への参加と、入試関連の新聞広告だけであった。それが、全国版の受験雑誌への広告掲載、電車内へのポスター掲出といった、全く新しい広報活動となったので、当時は非常に新鮮であり、時代の先端に立っているような感覚さえ持ったものであった。

 開学当時は短大人気がまだ続いていて、高校訪問も歓迎され、他県の高校を夕方訪問した時でも、まさに靴を履いて帰ろうとしている先生が、こちらに声を掛けてくれ、遠路からの訪問に感謝しながら進路指導室に戻り対応してくれたという、今では考えられないようなこともあった。それが、女子の進学先が四年制大学に移るにつれ短大人気は凋落し、ダイレクトメールを送るなど広報活動を増加させてみたものの、当然ながら根本的な対策にはならず、私のいた短大も含め、多くの短期大学が四年制大学へと改組していった。

 四年制大学への進学率自体は、女子がリードする形で上昇したのであるが、それを上回る18歳人口の減少と、短大からの改組も含めた四年制大学の増加により、進学市場でのバランスは買い手市場へと変化していった。まさに、今に至る大学氷河期の始まりであった。 

そうなってくると、今度は高校訪問なども歓迎される活動から、迷惑がられる活動へと変わり、以前のように情報を発信すれば受領してくれるという状況ではなくなってきたのである。情報を受領してもらうためには、新たな努力が必要となったのである。それまでの広報を『大学広報1.0』とするならば、『大学広報2.0』の段階に突入したといえよう。

『大学広報2.0』で新たに広報に求められるようになったものは、関係性の構築など、大学広報が発信する情報を、きちんと受け取ってもらうための環境づくりであった。高校の先生にとってもメリットのある高校訪問とするための資料作りや、負担増にならないような伝え方の工夫といったこと、そして組織としての関係性を構築するための高大接続の取り組みなどが、新たな広報活動として必要となってきたのである。

オープンキャンパスの開催回数の増加なども、この文脈で捉えることができる。『大学広報1.0』の時代では、年に1回程度の開催であったオープンキャンパスが、この段階になると年に数回、多いところでは月1回以上の頻度で開催するようになってきたのである。受験生と大学側が繰り返し接触することで、両者の間に良い関係性を構築し、伝えたい情報がきちんと伝わる機会の確保を図ったのである。

 

『大学広報3.0』とは

 大学広報自体の活動としては、2.0の段階でも相当程度機能するといえるが、より環境が厳しくなる状況にあっては、広報の機能の拡大が求められることになる。それはどのようなことかといえば、大学が組織として、自学を取り巻く状況を正確に認識できるようにするという働きである。この機能をなぜ広報が担うのかといえば、広報部門が顧客や市場といった、大学が認識すべき対象と最もよく接しているところだからである。

 もちろん、大学が認識すべき対象はそれ以外にもある。例えば、出口である求人市場の現状や今後の動向といったことなども大学が認識すべき重要な事柄であり、その認識については就職支援の部署が最もよく認識しうることになるであろうが、このような他部門との協働も含め、どの部門が状況認識を担うのが適切かを考えると、学内全般にも通じている広報部門ということになると思われる。

 私が以前所属していた大学では、定員割れからの回復を図る際に、状況認識の一元化ということも考えて広報部門と就職支援部門を統合したのである。業界の常態を根拠とした学内の反対はあったが、結果的には状況認識を適切にするという効果は、少なからずあったのではないかと感じている。その証拠として、状況認識が全くといっていいほどない状況で構想した大学の在り方が招いた定員割れが、V字といっていいスピードで回復することができたからである。

 当たり前のことであるが、顧客や市場の状況、そしてその中でどのようなニーズや課題が存在しているのかといったことを把握していない状態では、適切な大学の在り方、そしてその中身である教育や支援を考えることは不可能である。しかし現状は、大学を取り巻く環境が常夏といった状況から氷河期に変わっても、まだ顧客等を認識せずに対症療法に依存している例も残念ながら見受けられるようである。

 ダーウィンが言ったとされる有名な言葉に、「生き残る種とは、最も強いものではない。

最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである。」というものがある。厳しい方向に変化の激しい今日、大学を取り巻く状況を適切に認識し、それに対応した変化をすることは不可欠なことである。そしてそれを支援すべき広報部門は、伝える内容を考える前提としても、大学の歩みを適切な方向に向けるためにも、伝えるだけでなく、顧客や市場の声を聴くことに努める必要があると考える。これが、これからの広報のあるべき姿としての『大学広報3.0』であると思う。

 

広報と経営

 大学に限らず、組織の経営でまず必要となることは何かといえば、めざすべき姿を適切に描くことである。それが描けて初めて、構成員の努力の方向性が定まることになるし、その方向性に賛同する外部の支援者も得られることになる。このめざすべき姿を戦略的な在り方、すなわち戦略的ポジショニングと呼んでいる。

 この戦略的ポジショニングを描くために必要なことは、前述の状況認識である。もう少し詳しく言えば、自学の顧客を想定したうえでの顧客認識と顧客が存在している市場の認識、そして同じ市場を争っている競合の認識、最後は自学らしさを活かすための自学認識である。この四つの認識がきちんとできたならば、顧客にも市場にも必要とされ、競合とは重ならない、もしくは重なっていても勝っている在り方、そして自学らしさ、自学の強みを活かした在り方、すなわち戦略的ポジショニングを描くことができるようになるのである。

 この戦略的ポジショニングを描く作業の中心を担う広報部門の活動として必要となることは、この四つの認識をいつも意識して、それに対するアンテナを立てることである。そしてその認識に基づいて、戦略的ポジショニングの仮説を立て、それを学内に提案していくことである。それを他部門の意見等で精緻化し、顧客や市場の声で検証しながら修正し、固めていくことである。

 このようにして戦略的ポジショニングが決まれば、それに導かれた広報活動、イメージづくりも一貫したものとなることができる。ともすれば派手なブランディングが注目されがちではあるが、大学のブランディングに必要とされるものは、一貫性と継続性であると考えている。そしてそれが大学の信頼性を築くことになるのである。

 戦略的ポジショニングが決まれば、大学経営に必要な諸活動の拠るべき基準が明確となり、規則や前例に基づいた経営でなく、原理・原則に基づいた経営が可能になる。これからの大学広報は、経営を支え、大学を変える秘密兵器となるべきである。